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【感想】映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』”壁があるくらいがちょうどいい二人”の見どころ解説

映画
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映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観てきました。

「人類滅亡を救う宇宙SF」と聞くと身構えてしまいそうですが、実際は地球人と異星人が「壁1枚を隔てて」築き上げる友情物語でした。

前情報なしで観たのですが、156分の上映時間がまったく長く感じない傑作です。

本記事では、個人的に印象に残った3つのシーンを中心に、本作の魅力をネタバレ込みで語っていきます。

以下の内容は、映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のネタバレを含みます。ご注意ください。

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『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のあらすじ

あらすじ
未知の原因によって太陽エネルギーが奪われる異常事態が発生。このままでは地球の気温は低下し、全生命は滅亡する。この絶望的な危機を救う鍵が、11.9光年先の宇宙にあると突き止めた人類は、一縷の望みをかけて宇宙船を建造。中学校の科学教師グレースを送り込む。彼は知識を武器に、“イチかバチか”のミッション<プロジェクト・ヘイル・メアリー>に立ち向かうことになる。
宇宙の果て、極限の孤独のなかで、グレースが出会ったのは、同じく母星を救うためにひとり奮闘する異星人ロッキーだった。姿形、言葉も違う二人が、科学を共通言語に挑む、宇宙最大の難題。やがて育まれる種族を超えた友情の先で、二人が辿り着いた答えとは――。

プロジェクト・ヘイル・メアリー | Filmarks映画
  • 監督:フィル・ロード、クリストファー・ミラー
  • 脚本:ドリュー・ゴダード
  • 撮影:グレイグ・フレイザー
  • 音楽:ダニエル・ペンバートン
  • 出演者:ライアン・ゴズリング、ザンドラ・ヒュラー、ジェームズ・オルティス ほか
  • 公開日:2026年3月20日
  • 制作国:アメリカ
  • 上映時間:156分
  • 配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

映画の元となった原作小説はこちらです。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観たきっかけ

会社の先輩が飲みの席で、「最近読んだ本の中では『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が面白かった」と話していたのがきっかけでした。

読書好きの先輩のおすすめということで、いつか読みたいなと思っていたところ、しばらくして映画化されるという情報を入手しました。そして、「それなら映画を観よう!」と思い立ったのでした。

公開されてからずっと気になってはいたものの、なかなか予定が合わず、鑑賞できたのはGW明けになりました。遅ればせながらも劇場へ足を運びました。

鑑賞前のちょっとしたエピソード

私はいつも、映画館で映画を観るときは「キャラメルポップコーン&メロンソーダ」を購入するのですが、今回は寝坊してしまい、劇場に上映開始ギリギリに到着することになりました。そのため何も買えないまま座席に着くことになりました。

「途中でのどが渇いたらどうしよう」と心配していましたが、結果としてこの選択は大正解でした。

というのも、トイレの心配をする必要もなく、そしてのどの渇きを感じる隙もなく、作品に没頭できたのです。それくらい面白かったです。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観た感想

上映時間は156分という長さでしたが、観ていて途中で飽きることがまったくなかったことに驚きました。緊張感のあるシリアスなパートと、息抜きとなる軽妙なパートがバランスよく進行していました。

ストーリー、映像美、音楽がどれも素晴らしいのは言うまでもないのですが、本作の最大の魅力はやはり主人公とロッキーのキャラクターと、彼らの掛け合いにあります。

個人的に印象に残っているのは、次の3つのシーンです。

  1. 未知の宇宙船からの逃走劇
  2. ロッキーのファーストコンタクト
  3. 「壁があるくらいがちょうどいい」二人の関係

それでは、さっそく振り返っていきます。

印象に残ったシーン①:未知の宇宙船からの逃走劇

主人公が目的の惑星に近づいた際、自分の宇宙船とは異なる――後にロッキーのものと判明する――巨大な宇宙船を発見する場面です。

宇宙船の運転を自動操縦から手動操縦に切り替えて、操縦士ではない主人公が、下手くそに宇宙船を操縦して逃げようとします。自分の宇宙船の数十倍は大きな未知の宇宙船を目の前にしたら、誰でも逃げようと思うことでしょう。

しかし、どれだけ距離を離しても、どんなに変則的に逃げ回っても、相手の宇宙船はぴったりとついてきます。

そのやりとりの最後、主人公は操縦レバーを「ぐっ、ぐっ、ぐっ」と3回押して加速。すると、見知らぬ宇宙船もまた、小さな加速を3回繰り返してついてきたのです。ここで主人公は逃げることを諦めます。

今思えば、ロッキーが主人公の動作を真似するという後の重要な要素は、この時点ですでに始まっていたんですね。

印象に残ったシーン②:ロッキーとのファーストコンタクト

ロッキーと主人公が、お互いの宇宙船を細長いトンネルで接続し、透明な壁越しに彼らが初めて対面するシーンです。

何が出てくるかビクビクしながらも、主人公は透明な壁に近づいていき、壁を3回ノックします。

すると、やや興奮した状態でロッキーが登場し、主人公もそれにびっくりして戦闘態勢に入るも、お互いが静かに歩み寄り、ロッキーもまた壁を3回ノックしました。ここから、二人のコミュニケーションが始まります。

主人公はやがて、ロッキーが自分の動作を真似していることに気づきます。どんなに奇怪な動作でも、ロッキーは遅れを取らず真似してきます。

相手の真似をすることは、言語が通じない相手――それがたとえエイリアンであっても――コミュニケーションの第一歩として有効なのだと、このシーンを見て深く感じました。彼らは自分たちの動きを共有することで、お互いに意思疎通を図ったのです。

心理学にも「ミラーリング効果」と呼ばれる、自分のしぐさを真似されると相手への好感度が上がる現象があります。人間にはそういった性質もあるため、この方法は非常に有効だったと思われます。結果として、動作の共有は、後にお互いの言語を理解するフェーズへの重要な足掛かりとなりました。

こうして我ら地球人は、異星人との初対面を成し遂げたのです。

印象に残ったシーン③:「壁があるくらいがちょうどいい」二人の関係

主人公とロッキーは異星人同士であるため、生息環境が大きく異なります。

  • 地球人(主人公):呼吸に酸素が必要
  • ロッキー:呼吸にアンモニアが必要

そのため、お互いが生きていくためには、空間を区切る必要があります。

前述の通り、宇宙船をトンネルでつないだ際も、その間には透明な壁が存在し、互いの生息空間を区切っていました。ちなみに、主人公側の空間にはロッキーの察しの良さで人間に必要な酸素が充満されていました。私が知っている宇宙人で、ここまで気が利くのはロッキーが一番です。

そんな状況で意思疎通を重ねていくうち、主人公は地球に送るためのビデオに、ロッキーとの関係性を「壁があるくらいがちょうどいい」という言葉で記録します。

ロッキーの”重め”な性格

主人公と同じく、ロッキーも同乗していたクルーを亡くしています。彼は、死にゆく仲間をずっとそばで見守っていたそうです。

ご存じの方も多いと思いますが、地球人には睡眠が必要です。そのため、主人公はロッキーとのコミュニケーションの合間に寝なければなりません。しかしロッキーには、それが仲間の死と重なって見えたようで、主人公のことをとても心配します。

結局、主人公はロッキーとの壁の近くで寝ることになりました。それも、ロッキーの見張り付きです。

ここで発覚するのは、ロッキーはかなり”重め”な性格だということです(見た目も岩ですしね)。しかし、広大な宇宙空間の中でたった一人という状態であれば、そうなるのも無理のないことだと思います。その”重さ”はさらにエスカレートし、ロッキーは透明なボールに自分の身体を入れて転がし、ついには主人公の宇宙船の中に乗り込んできます。

こうして、主人公とロッキーの共同生活が始まるのです。

その様子をビデオに記録する際、主人公は「パーソナルスペースが欲しい」「彼とは壁があるくらいがちょうどいい」と愚痴をこぼします。

ところが、ロッキーは音波で周囲の環境を認識するタイプの異星人で、聴覚が非常に優れていました。そのため、主人公の愚痴は全部聞こえていました

冒頭で、主人公が声で空気を振動させて、砂で模様を作る授業をしていたシーンは、ロッキーの特性の伏線だったんですね。

この「壁があるくらいがちょうどいい」というセリフは、本作の核を突いていると感じました。

物語が進むにつれて、壁を作る必要のない地球人同士であっても、意思疎通がうまくいかず、絶望に近い状況にさらされる場面も描かれます。

しかし、ロッキーとは壁1枚を隔てても互いに信頼し、時にはその壁を打ち破って協力していくことで、彼らの絆は育まれていきました。

地球の科学者(主人公)と異星の技術者(ロッキー)による最高タッグ――この二人のバディ感こそが、本作最大の魅力だと感じました。

SF映画として気になった点

理系は楽しめる、でも科学描写はさらっと

SF映画なので科学的な設定や説明が随所に登場します。理系の私にとっては大きな楽しみでしたが、途中で専門的すぎて分からない部分もありました。

ただ、雰囲気で内容を楽しめる作りになっているため、私としては大満足です。

とはいえ、科学に詳しくない方には少し難しく感じる箇所もあるように感じました。「ここを理解できないとミッション成功時の感動が薄れてしまうだろうな……」という場面もいくつかあったので、鑑賞後に考察サイトを読んで理解を深めるのもオススメです。

理系視点で「おや?」と思った点

科学的な設定で1点だけ、「おや?」と感じたのは、アストロファージのサンプルを遠心分離機にかけるシーンで、サンプルを隣り合わせに配置していたところです。

私がいた研究室では、遠心分離機の軸がずれるのを防ぐために、サンプルは必ず対角線上に配置するよう指導されていました。

これについては、もしかしたら専門分野によって流儀が違う可能性もあるので、「そういう使い方をすることもあるのかな」程度に受け止めています。

ご都合主義についての所感

タイトルにもなっている「ヘイル・メアリー」は、映画の中では「神頼み」と翻訳されていました。

「ヘイル・メアリー(Hail Mary)」とは、元々はラテン語であるアヴェ・マリア(Ave Maria)を英訳したものだそうです。

アメリカンフットボールの試合終了間際、劣勢のチームが投げる起死回生のパスを「ヘイル・メアリー・パス」と呼ぶ。聖母マリアをたたえる祈りの言葉、「アヴェ・マリア」の英訳が由来だ。ひるがえって今作では、未曽有の危機に陥った地球の命運を握る計画、および宇宙船にその名が付く。わずかな可能性に懸けた“神頼み”の計画とは。胸が熱くなるSF大作だ。

ライアン・ゴズリング「プロジェクト・ヘイル・メアリー」科学教師が宇宙人の相棒と地球を救う : 読売新聞

正直に言うと、本作ではご都合主義で進む場面も少なくはなかったかと思います。本来ならボトルネックとなる障害が、作中ではさらっと解決されているシーンもありました。もしかしたら、原作を映画化するにあたって、省略が必要な部分だったのかもしれません。

しかし、そのようなご都合主義な場面であっても、主人公とロッキーが大きな”賭け”に出て、何度も勇気を振り絞った結果であると捉えることもできます。

実際、最初は酸素が満たされているか分からないトンネルの中で、主人公がロッキーを信じて宇宙服のヘルメットを外す場面は、まさに「賭けに勝った瞬間」の象徴でしょう。このような勇気の積み重ねが、主人公を勇敢な人物へと変えていったのだと思います。

「君は勇敢だ。僕が出会ってきた人間で一番勇敢だ」

別れ際にロッキーが主人公にかけた、ユーモアの効いたこの名言。たとえ神頼みの賭けであっても、恐れながらもその一歩を踏み出すことがハッピーエンドにつながることを、何よりも雄弁に物語っています。

こうして彼らのプロジェクトは、無事に着地したのです。

まとめ

以上が、映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観た感想でした!

映画を見終えてパンフレットを買おうとしたのですが、案の定、SOLD OUTでした。人気の高さを感じます。

改めて振り返ると、主人公とロッキーは、お互いに“ノリ”が合っていたのが良かったのだと思います。でなければ、ファーストコンタクトの時点で、意思疎通が成功することはなかったでしょう。

スケールは壮大ですが、もし彼が宇宙でやってのけたことを、地球でもやっていれば、もっと早く気の合うパートナーと出会えていたのかもしれません。

宇宙であっても、地球であっても、ちょっとした勇気が必要なのは変わらないというのは、どうやら不変の真理のようですね。

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