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【感想】『世界でいちばん透きとおった物語』杉井光/宮沢賢治と名前の考察

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本書『世界でいちばん透きとおった物語』の仕掛けに気付いた瞬間、あまりの衝撃で鳥肌が立ち、大きなため息をついてしまった。

X(Twitter)で情報が流れてきて「ネタバレ厳禁」とあったので、「これは早めに読まないといけないやつだ」と思い、早速購入。

「紙の本でしかできない体験」という前情報がすでに「もうネタバレでは?」と思っていたけど、読んでみて予想以上に『透きとおっ』ていて驚いた

直接的なネタバレは避けていますが、所々で物語の中心部分に触れていますのでご注意ください。

『世界でいちばん透きとおった物語』の感想!
この記事の内容
  • 全体的な感想と、A先生の作品
  • エピグラフの宮沢賢治『小岩井農場』の考察
  • 電子化不可能な仕掛けについて

本書に触発されて、本記事にもある「仕掛け」を隠してみました。この仕掛けは『紙書籍化不可能』なものとなっています。どうか最後まで読んでいただけたら幸いです。

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あらすじ

衝撃のラストにあなたの見る世界は『透きとおる』。

大御所ミステリ作家の宮内彰吾が死去した。宮内は妻帯者ながら多くの女性と交際し、そのうちの一人と子供までつくっていた。それが僕だ。「親父が『世界でいちばん透きとおった物語』という小説を死ぬ間際に書いていたらしい。何か知らないか」宮内の長男からの連絡をきっかけに始まった遺稿探し。編集者の霧子さんの助言をもとに調べるのだが――。予測不能の結末が待つ、衝撃の物語。

『世界でいちばん透きとおった物語』裏表紙のあらすじより
  • 著者:杉井光
  • 出版社:新潮社
  • 令和5年 6月25日 6刷
  • 新潮文庫nex
  • 240頁

著者について

杉井光(Sugii Hikaru)

電撃小説大賞の銀賞を受賞し、2006(平成18)年電撃文庫『火目の巫女』でデビュー。その後電撃文庫「神様のメモ帳」シリーズがコミカライズ、アニメ化。ライト文芸レーベルや一般文芸誌で活躍。他の著書に「さよならピアノソナタ」シリーズ、「楽園ノイズ」シリーズ、『終わる世界のアルバム』、『蓮見律子の推理交響楽 比翼のバルカローレ』などがある。

『世界でいちばん透きとおった物語』の著者紹介より
えのきつね
えのきつね

「神メモ」の作者さんだったのか!

感想(以下、ネタバレを含みます)

正直、読む前から「透きとおっているんだろうなぁ」とは思っていた。

「”紙の本でしか”体験できない感動」「電子書籍化絶対不可能」なんて書かれていたら、なんとなく予想がついてしまう。

しかし、実際に読み終えて、予想以上に『透きとおっ』ていて驚いた。今でも思い出しただけで、鳥肌が立つ。

「書こうとした本当の動機は、ただ、面白そうだから。読者を驚かせる仕掛けを、思いついてしまったから」

『世界でいちばん透きとおった物語』杉井光 215頁

主人公・藤阪燈真ふじさかとうまの父・松方朋泰まつかたともやす(ペンネームは宮内彰吾みやうちしょうご)も、きっと杉井先生ご自身も、この小説を書こうと思ったきっかけは、「読者を驚かせる面白い仕掛けを思いついてしまったから、、、、、、、、、、、なのだと思う(でないと、こんな骨の折れる作業やってられない……)。

「書かずにはいられなかった。そういう意味では、燈真さんのための物語ですらなかったのかもしれません」

『世界でいちばん透きとおった物語』杉井光 216頁

本書について、杉井先生はこのようにコメントしている。

これまでの読書人生において一度だけ、読み終わった後にただ言葉を失うしかなかった、という本がありました。それに匹敵する純粋に強烈な読書”体験”を、読者にぶつけてみたい。そんな想いでこのアイディアをプロットに落とし込み、多くの方々の協力を得て本の形にしました。出版できたこと自体がすでにひとつの奇蹟です。

“電子書籍化絶対不可能” “ネタバレ厳禁”のしかけで20万部突破!10~20代にまで広がる異例のヒットを記録〈杉井光『世界でいちばん透きとおった物語』〉|株式会社新潮社のプレスリリース

このお言葉の通り、私にとってはガツン!と来る強烈な読書体験となりました。

コメント中の「これまでの読書人生において一度だけ、読み終わった後にただ言葉を失うしかなかった、という本」というのは、本書の最後にある献辞での「A先生」の作品だと考えられる。

下の記事では、紙で読みたいミステリー小説が5冊紹介されており、本書もそのうちの1冊として紹介されている。

そこに並んで、A先生の作品も2冊紹介されていた。私も未読の作品なので、近いうちに読んでみたい。

心臓を刺す言葉

「燈真さんは、言葉で心臓を刺せる人ですね」(後略)

『世界でいちばん透きとおった物語』杉井光 105頁

編集者の深町霧子ふかまちきりこさんが燈真にこう言っていたが、私も同じことを思った。本書には名言が多く登場する。

たとえば、霧子さんのことを「ブレーキだけついていない高級車みたいな人」(11頁)と言ったり、母親の恵美めぐみのことを「泣き顔と笑い顔を入れ替えられてしまった人」(15頁)と表現したり。

僕よりも母の喜びようがたいへんなものだった。僕の頬を両手で包んで、よかった、よかった、と呟いて涙を浮かべた。泣くときでさえ、いつもの微笑みを浮かべていた。
嬉しい時にしか泣けない人なのだ。
だから哀しい時にしか笑えないのだ。(後略)

『世界でいちばん透きとおった物語』杉井光 15頁

また、小説を書くということについても、

小説を書くという事は祈りに似ていた。そして他のどんな営みにも似ていなかった。
言葉や想いを届ける相手を選べない。届くかどうかもわからない。
それでもどうしようもなく、書き続けてしまう。

『世界でいちばん透きとおった物語』杉井光 223頁

相手に伝わることで、初めて「言葉」になる。小説のことを「祈り」に似ていると表現する感性は、さすが小説家の息子と言いたい。

顔だけでなく、ちゃんと才能も父親から受け継がれていると思う。それを本人がどう思うかは分からないけれど。

宮沢賢治『小岩井農場』の考察

海外の本などでよく見かける、1ページ目に短い詩や文章が引用されていることがあるが、これは「エピグラフ」と呼ばれるらしい。

本書ではエピグラフとして、宮沢賢治の詩『小岩井農場』パート九の一部が引用されている。

すべてさびしさと悲傷とを焚いて
ひとは透明な軌道をすすむ
ラリツクス ラリツクス いよいよ青く
雲はますます縮れてひかり
わたくしはかつきりみちをまがる

『世界でいちばん透きとおった物語』杉井光 3頁

『小岩井農場』は、宮沢賢治の詩集『春と修羅』第1集に収録されている詩である。

上の詩を最初読んだときに、「ラリツクス」は「リラックス」の間違いじゃないのかな?と思ったけど、そんなことはなく、ラリツクスは英語で書くと「Larix」であり、カラマツ属(落葉松属)のことらしい。

「すべてさびしさと悲傷とを焚いて ひとは透明な軌道をすすむ」という部分が、『世界でいちばん透きとおった物語』の結末とリンクするところだと思う。

ここからは私の勝手な想像になるが、さらに考察を深めていきたい。

上のエピグラフの「雲はますます縮れてひかり」という文言は、『小岩井農場』と同じく『春と修羅』に収められている『屈折率』という詩の「向ふの縮れた亜鉛の雲へ」という表現と似ている。

七つ森のこつちのひとつが
水の中よりもつと明るく
そしてたいへん巨きいのに
わたくしはでこぼこ凍つたみちをふみ
このでこぼこの雪をふみ
向ふの縮れた亜鉛あえんの雲へ
陰気な郵便脚夫きやくふのやうに
  (またアラツデイン 洋燈ラムプとり)
急がなければならないのか

青空文庫 | 宮沢賢治 『春と修羅』

ここでは「洋燈ようとう」と書いて「ランプ」と読めることに感心したのと同時に、そういえば「燈」という文字は主人公の名前にも使われていることに気付いた。

これは勝手な想像であるが、主人公の名前が「燈真」なのは、最終的に主人公が『世界でいちばん~』という作品にあかりを灯す存在であることを示唆しているのだと思う。

名前が「透明」から取ってきた「透真」でないのは、「透真」はあまりにも名前をテーマに寄せすぎている感じがするからかもしれない。

そこにあるものを透明にしてなかったことにするのではなく、ランプのように「燈」を灯して「真実」を照らし出す。それが主人公・藤阪燈真なのではないか

さらに、「透明」「屈折率」と並んだら、自然と連想されるのが「レンズ」であるが、これは『小岩井農場』パート三に登場している。

この荷馬車にはひとがついてゐない
馬は払ひ下げの立派なハツクニー
脚のゆれるのは年老つたため
 (おい ヘングスト しつかりしろよ
  三日月みたいな眼つきをして
  おまけになみだがいつぱいで
  陰気にあたまを下げてゐられると
  おれはまつたくたまらないのだ
  威勢よく桃いろの舌をかみふつと鼻を鳴らせ)
ぜんたい馬の眼のなかには複雑なレンズがあつて
けしきやみんなへんにうるんでいびつにみえる……

青空文庫 | 宮沢賢治 『春と修羅』

「ぜんたい馬の眼のなかには複雑なレンズがあつて けしきやみんなへんにうるんでいびつにみえる……」というのは、馬の眼の構造に関する話である。理解不足で恐縮であるが、馬の眼球はきれいな球体ではなく、やや歪んだ形状をしており、焦点の合わせ方が人間とは少し異なるらしい(こちらを参照)。

景色がいびつに視えるというのは、主人公・真と同じである。幼い頃の病気で眼に後遺症が残り、人とは違って周りが視えている(※)。

このように、宮沢賢治『小岩井農場』には『世界でいちばん~』の設定の片鱗を確認することができ、非常に効果的なエピグラフであることがわかる。

(※)ここで、主人公の名前が「燈真」ではなく「燈馬」だったら、ここまでの考察がバッチリはまるんですが、そう都合よくはいきませんでした笑

電子書籍化不可能の「     」

作品全体に仕掛けられたギミックに気付いた瞬間、衝撃で鳥肌が立ち、「まじかぁ……」と大きくため息をついてしまった。

しかし、本書に隠された仕掛けはそれだけではなかった。

どれほど限りなく透きとおって見える海でも、必ず底がある。
まっさらな砂が降り積もっている。そこに言葉を埋めておくこともできる。けれど物語は言葉を届けるためにはできていない。祈りと同じで、届ける相手を選べないからだ。ただ密やかに、水底で待ち続けるだけ。

『世界でいちばん透きとおった物語』杉井光 233頁

小説という海にも必ず底があって、本書も『透きとおっ』たページが降り積もる奥底に、届けたかった言葉が埋められていた。

父がどんな言葉を沈めておこうとしたのかは、もうわからない。だからこれは、僕自身の選択だけれど、きっと父も同じ一語を選ぶはずだったと思う。

『世界でいちばん透きとおった物語』杉井光 233頁

本書が「絶対電子化不可能」と言われる理由が、この最後のページの仕掛けにある。読者が燈真と同じ体験ができるように、この本は必ず紙でなければならない。燈真は電子書籍だと快適に読めてしまうから、それではダメなのだ。

でももし、電子書籍化が実現するとしたら、それはどのような読書体験になるのだろう?

ありがとう

それでもきっと、この物語は『透きとおっ』ているんだろうなと、目を閉じて想像してみたりした。