引きこもりを極めつつある私にとって、休日に外出するというのはハードルが高い。
という訳で、「何か面白いものないかなぁ」と思いながら、アニメや映画をあさっている中で見つけたのが、この「舞台版マーダーミステリー」というジャンルだった。
演劇でありながら台本は無し。キャストに与えられているのは配役と設定のみ。
公演の全てがアドリブで繰り広げられる「舞台版マーダーミステリー」の動画を観て思ったことを、つらつらと書いていきます。
マーダーミステリーとは
マーダーミステリー(通称マダミス)は、推理ゲームの一種である。
マーダーミステリーとは、「物語の登場人物となり、事件を探求しながら個々の目的を達成する」新感覚の体験ゲームです。
マーダーミステリー(マダミス)とは?人気の理由・遊べる場所を紹介 | マダミスマニア
ゲームが始まる前に、参加者には”設定”(役の詳細や事件当日の行動など)が書かれたシナリオが渡され、それを頭に入れる。
そしてゲームが開始すると、他の参加者との議論したり、証拠品を探したりして、事件の真相を明らかにしていく。
大まかな設定や流れはあるものの、会話や議論は全てアドリブ。
最後に自分の推理を披露する場面もあるが、真相にたどり着けるかどうかは誰にも分からない。
まさに自分が推理小説の登場人物になったかのような、そんな気分が味わえる推理ゲーム。それが「マダミス」である。
舞台版マダミスを観た感想
マダミスの一番の醍醐味は、やっぱり自分がゲームに参加してスリルを満喫することだと思う。
でも、誰かが役を演じて推理しているのを見ているだけでも、十分に面白い。
それをプロの役者さんたち舞台上でが演じるとどうなるか。そんなのめちゃくちゃ面白いに決まっている。
私が観た舞台版マダミスの動画は『舞台版 マーダー☆︎ミステリー 〜探偵・斑目瑞男の事件簿〜』だった。
この公演は全部で5回開催され、ぞれぞれ異なるキャストで公演された。
つまり、同じ内容のシナリオで、別の役者さんがそれぞれの回を演じたということだ。
私はこの5回の公演を全部一気見した。さすがに飽きるかなと思っていたけど、全然そんなことはなかった。
1回目の公演は、純粋に物語を楽しむことができた。
観客はもちろん、演じている役者さんも犯人が誰なのか分かっていない。
犯人役ですらも、自分が殺したことは知っているけど、事件の真相までは知らない。
そう、舞台の幕が上がってから、全ての謎解きが始まるのだ。そしてこの謎解きが全部、役者さんたちの即興の芝居で行われる。
もちろん、全てが即興であるゆえに、当然セリフを噛むこともあれば、想定外の状況に思わず吹き出してしまうこともある。
良いアドリブが思いつかず、照明が暗転してから「くそっ、何も言えなかった!」という役者さんの本音が漏れ、そのメタ発言に観客が爆笑する場面もあった。
いつもは映画やドラマで役者さんの完璧な演技を見ているからこそ、こういった「ちょっとしたNGシーン」が逆に愛らしく感じられる。
2、3回目の公演を観ると、「同じ役なのに役者さんによって演じるキャラが違う!」とか「その情報ここで言っちゃうの!?」とか、前に見た回と比較ができて面白い。
そして4、5回目の公演となると、ゲームを進行する上での狙い(この指示はこういう意図があったのかなど)がだんだん分かってくる。事件の状況や登場人物の背景も詳しく理解できて、依然楽しさが増す。
マダミスは、一度シナリオを知ってしまうとネタバレになってしまうことから「人生で一度しかプレイできないゲーム」とも呼ばれている。
しかし、他人のゲームを見ている分には「何度でも楽しむことができるゲーム」とも言える。
舞台版マダミスから学ぶ「人生」とは
舞台版マダミスの公演動画を観て思ったのが、「同じシナリオでも演者が変われば、物語は全く違うものになる」ということである。
もちろん、マダミスの大まかな筋書きはあらかじめ決まっているため、そこから大きく外れることはない。
それでも、5回とも飽きることなく観ることができたのは、毎回違う役者さんがその瞬間にしか表現できない唯一無二の演技を見せてくれたからこそ、即興という面白さに惹かれたのだと思う。
そしてこれは、人生も同じなんだと思う。
運命がカードを混ぜ、われわれが勝負する。
ショーペンハウアー(ドイツの哲学者)
人生もきっと、神が与えた「運命」というシナリオ(個性、環境、試練…)に対して、自分でどうするかを選んで考えながら進んでいくものだと思う。
そのシナリオを誰が演じるか、誰と演じるかによって、物語は劇的に変化する。
結局、「人生の主人公は自分」というように、「運命」がどうであれ、演じる自分しだいで「人生」という物語はいかようにも変化するのではないだろうか。
と、なんとなく「舞台版マダミス」を観て思った。
まとめ
実はマダミスの面白さは、ゲームだけにとどまらない。
ゲームが終わったあとのアフタートークもまた、見どころの一つだ。
アフタートークは、いわばネタばらしの時間。ゲーム中に明かされなかった事件の真相や自分の役について「実は〇〇で……」と発表していく。
舞台版では「あの時はこう考えてて、だからこう演じてたんだよ!」と、役者さんがどういう思いで演じていたかを知ることができて面白い。
ゲーム中の議論を「建前」とするならば、アフタートークは「本音」を語り合う時間。緊張感がすっと消えて、和やかな雰囲気でゲームを振り返る。
社会で生きていくには本音も建前もどちらも大事だと思うけど、自分の人生で考えるとやっぱり「本音」で話せる時間を大事にしたいと思う。
ゲームばかりしていると、きっといつか疲れてしまうから。