哲学者のショーペンハウアーは、著書『幸福について』にて、次のような言葉を残している。
賢さの次には勇気が私たちにとっての甚だ大切な特質である。
しかし、「勇気」というのは、なかなかに厄介なものだ。
恐怖に打ち勝ち、自分で決断し、行動することを勇気と呼ぶならば、それは誰かから与えられるものではなく、自分自身で生み出すものである。
そう頭では分かっていても、実際に行動に移すことができない。
この状況を変えるための「あと一歩」を踏み出し、苦しみから解放されるための「その一瞬」を乗り越える勇気が、どうしても出てこない。
そもそも、現状を変化させるだけの「勇気」を自分は持っているのだろうか……?
「誰にでも勇気はある」——これはおそらく、勇気についての最も重要な教訓です。
ロバート・ビスワス=ディーナー『「勇気」の科学』P.3
“ポジティブ心理学界のインディ・ジョーンズ”の異名を持つ心理学者・ロバート・ビスワス=ディーナー氏は、そのように語る。
彼の著書『「勇気」の科学 一歩踏み出すための集中講義』は、心理学や社会科学の実験やデータをもとに「勇気とは何か?」を考えるための本である。
『「勇気」の科学』の情報
- 著者:ロバート・ビスワス=ディーナー、翻訳:児島 修
- 出版社:大和書房
- 出版日:2013/12/21
- 四六:264ページ
Source:大和書房
「勇気」の定義
本書では、「勇気」を以下のように定義している。
「勇気とは、危険、不確実性、恐怖があるにもかかわらず、道義的で価値ある目的に向かっていく行動意志である」
ロバート・ビスワス=ディーナー『「勇気」の科学』P.40
ここで重要なのは、勇気には次の2つの主要な要素が含まれる点である。
- 恐怖をコントロールする
- 行動意志を高める
ちなみに「行動意志」とは、「個人が明確な意志を持って行動すること」を意味する。
知性や幸福などの測定とは異なり、勇気は一つの尺度では測れません。勇気は恐怖への対処と、行動意志という二つの指標で表すことができます。意外にも、恐怖をコントロールすることと、行動意志を持つことは、独立した関係にあるのです。
ロバート・ビスワス=ディーナー『「勇気」の科学』P.41
つまり、「勇敢な人(=勇気がある人)」というのは、
- 恐怖が少ない(恐怖を抑制できる)
- 行動意志が高い
という特徴がある。
本書によると、上の条件に沿って勇気の度合い(勇気指数)を測定した結果、軍人や警察官、消防士よりも「勇敢である」とみなされたのは企業経営者であった。
「勇気指数」を高めるにはどうすればよいか?
本書『「勇気」の科学』の原題は”The Courage Quotient”であり、これは「勇気指数」と翻訳される。
前述した通り、勇気のある人は「恐怖が少なく、行動意志が高い」という特徴がある。
すなわち、「恐怖」と「行動意志」の差が大きいほど、「勇気指数」は高いとみなされる。
では、勇気指数を高めるにはどうすればよいか?
本書では、「恐怖をコントロールする方法」と「行動意志を強化する方法」がそれぞれ紹介されているが、ここでは後者における「失敗する練習」をすることを取り上げたい。
「失敗する練習」をすること
ハーバード大学の心理学者エレン・ランガーは、被験者を次の3つのグループに分けて、それぞれの条件の下で発表会(プレゼン)を行った。
すると、結果として「最も快適にプレゼンできた」と回答したのは、グループ3であった。
また、聴衆も「最も知的で、効果的なプレゼンをしていた」とグループ3を評価した。
この実験結果について、著者は次のように語っている。
このエピソードから得られる教訓は、「ミスは、許容するだけでは不十分だ」というものです。その代わりに、ミスは、創造性や自信、自発性の源となる、頼もしい味方だととらえるようにしましょう。ただし、あくまでもそれは小さなミスであることに注意してください。
ロバート・ビスワス=ディーナー『「勇気」の科学』P.226
つまり、「ミスはあらかじめシナリオに含めるものであり、即興的な笑いをとる機会にもなる、ポジティブなもの」(P.225)という認識が、行動意志を高めるのにつながるということである。
とはいえ、上の引用にもあるように、大事な場面で「あえてミスをする」というのは、実際にやろうと思ってもなかなかできない。
なので、普段の生活の中で
- ゲームやスポーツで、あえて相手に負ける
- 文章中の漢字をあえて読み間違える
- 授業中、先生に当てられたときに、あえて適当な答えを言う
など、相手に迷惑をかけないような小さなミスを自発的に行ってみる。
そうすることで、失敗を「恐怖の対象」ではなく、「当たり前のこと」として捉えることができるようになるかもしれない。
ちなみに、「あえて」を漢字で書くと「敢えて」となる。これは「勇敢」の「敢」と同じ文字である。
日常的にあえて失敗の練習をすることが、勇気指数(=勇敢さ)を高める一つの方法である。
まとめ
本書の中で、私が最も印象に残っているのが、次の文章である。
ここに、この本全体を通じて、読者の皆さんに伝えたい最も重要なメッセージの一つがあります。それは、勇気とは多くの場合、他者のためのものだということです。私たちは、自分のことで不安や恐怖を感じます。しかし、行動によって他者に影響を与えられる——特に、他者を助けられる——と考えることで、勇気指数を高めることができるのです。
ロバート・ビスワス=ディーナー『「勇気」の科学』P.179
勇気とは、自分のためよりも、他の誰かのために奮い立たせるもの。
この文章を読んで、私は『僕のヒーローアカデミア』のオールマイトの言葉〈考えるより先に体が動いていた〉を思い出した。
勇気の根本とは、たった一人の困っている人を助けることなのです。
ロバート・ビスワス=ディーナー『「勇気」の科学』P.202
もし、今もあなたが「あと一歩」を踏み出せない状況にあるのなら、自分以外の誰かのことを考えてみたらどうだろうか。
自分のためだけでなく、その人のためにも、あなたの中に眠る「勇気」を振り絞ってみたらどうだろうか。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
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