「世界一のスリ」として知られるアポロ・ロビンス氏をご存じでしょうか?
「人の注意力をコントロールする技術」を身に付けた彼は、TEDの講演中にも彼は見事なパフォーマンスを披露し、観客の注意力を奪いました。
本記事では、アポロ・ロビンス氏による講演『注意をそらすテクニック』(The art of misdirection)の簡単な要約、感想、気になった英語表現をまとめています。
※以下では、講演中に行われるパフォーマンスのネタバレを含みますのでご注意ください。
今回の動画
- タイトル:The art of misdirection
(注意をそらすテクニック) - スピーカー:Apollo Robbins(アポロ・ロビンス)
- 時期:2013年6月
- 動画の長さ:8分34秒
要約
「世界一のスリ」としても名高いアポロ・ロビンス氏は「人の注意力をコントロールすることはできると思いますか?」と問いかけ、観客の注意力を試すために次のように質問する。「目を閉じたまま私の服装を思い出せますか?」彼の服装を当てられた人はほとんどいなかった。
彼は、人の注意力を「頭の中にいる小さな警備員(フランク)」に喩えて説明する。フランクは人間に備わるセンサーを監視して外界を認識しているが、「ポケットには何が入っている?」などの質問をされると、フランクは記憶を巻き戻すために監視をやめてしまう。そうしてフランクの注意が外ではなく内側に向いているときに、注意力は奪われてしまう。
ロビンス氏は、大勢の観客が見ている中でスリのパフォーマンスを披露し、それを見事成功させた。しかし、それすらも彼が観客に仕掛けたミスディレクションだった。彼は講演の最後に観客にこう問いかける。「さて、先程と同じ質問をします。私の服装は?」なんと、彼の服装が最初と変わっていたのだ。
こうして観客の注意力をも奪ったロビンス氏は、講演を次のように締めくくる。「もし誰かの注意力を自由に操れるとしたら、あなたは何をしますか?」注意力が人間の現実を生み出すというその一端を示し、彼は会場を後にした。
アポロ・ロビンス氏が監修した映画『フォーカス』は、主演のウィル・スミスが天才詐欺師を演じるクライムサスペンス映画。こちらはその予告編。
キーワード
- attention
(人の)注意、注意力。 - misdirection
人の注意をそらすこと。「宛名間違い」という意味もある。 - pickpocket
スリ。講演者のアポロ・ロビンス氏は世界的な「天才スリ師」として知られている。 - Frank
フランク。頭の中にいる小さな警備員(security guard)の名前。
感想
これまで見てきたTEDの動画の中で一番驚いた講演だった。ある意味、英語が分からなくても見ているだけで十分に楽しむことができる。
こういったスリのテクニックは映画の中だけの話だと思っていたし、手品などのパフォーマンスで見ることはあるが、プレゼンテーションとしてはかなり説得力があると思った。
ちなみに、ロビンス氏の「時計を盗み取るテクニック」は、こちらの動画で解説されている。
この動画を見る限り、本当に会場で観客の誰をゲストにするかを選んで、パフォーマンスを披露できそうかを決めていたことがよくわかる。講演では腕時計を盗み取っていたが、財布やスマホであっても問題なく実演できそうだと思った。
ロビンス氏は人間の注意力の仕組みを、頭の中の警備員(Frank)でシンプルに説明していたが、用語として登場した「Posner’s trinity model of attention」(ポズナーの注意モデル)は、調べてみたがけっこう内容が難しかった。こちらの「注意のネットワーク理論(※)」などが参考になるのではないかと思う。
(※)横澤 一彦, 河原純一郎 注意のモデル 脳科学辞典 リンク(2021)より
この講演のタイトルは「The art of misdirection」であり、邦訳は「注意をそらすテクニック」となっている。
ここでの「art」は「芸術」という意味ではなく、「すぐれた技術、能力」という意味で使われている。
「Art is long, life is short.」という言葉がある。日本語としては「芸術は長く人生は短し」となる。
意味としては「人間の命は短いが、優れた芸術作品は長く残る」として知られているが、実際は「医学を修めるには長い時間がかかるが、人生は短いから怠らず勉強しなさい」という意味であるという。
芸術は長く人生は短し
芸術は永遠であるが、人生は短い。人間の命は短いが、すぐれた芸術作品は作者が死んだのちも長く残る。だから芸道に精進しなければならない。
芸術は長く人生は短し – コトバンク ことわざを知る辞典
(中略)
[解説] 医学の祖とされるヒポクラテスのことばに由来します。元来はギリシア語で、人の一生は短いが医術は奥が深くなかなかきわめがたい、だから、医を学ぶ者は怠らず励まなければならないの意でした。
タイトルの「The art of misdirection」の「art」は日本語で「テクニック」と訳されているが、実際のパフォーマンスを見た人にとっては「芸術」と呼べるほどのものになっていたかもしれない。
気になった英語
今回の講演の中で、個人的に気になった単語をピックアップしていきます。
picking pockets
But for myself, in the past, I’ve spent the last 20 years studying human behavior from a rather unorthodox way: picking pockets.
Apollo Robbins: The art of misdirection | TED Talk
しかし私自身、これまで過去20年間、かなり型破りな方法で人間の行動を研究してきました。それは「スリ」です。
「picking pockets」は「スリをすること」。
「spent the last 20 years studying human behavior」は「spend 〈時間〉~ing」より「人間の行動を研究するのに過去20年間を費やした」という意味。「the last 20 years」なので、直近の20年間を指している。
- for myself(自分のために独力で、自分で)
- rather(かなり)
- unorthodox way(斬新な、型破りな方法)/orthodox(正統な、従来の)
ironically
If you don’t attend to something, you can’t be aware of it. But ironically, you can attend to something without being aware of it.
Apollo Robbins: The art of misdirection | TED Talk
何かに注意を向けなければ、あなたはそれに気づくことはできない。しかし皮肉なことに、あなたはそれに気づくことなく、何かに注意を向けることができる。
日本語に訳しても分かりにくいが、つまり「人は注意して見ないと認識できないけど、皮肉にも、意識せずとも何かに注目していることもある」ということ。
この例が「カクテルパーティー効果」(cocktail party effect)で、たくさん人のいるところで相手の話を集中して聞いているときでも、別の誰かが自分の名前を出したら、それを無意識にキャッチして聞き取ることができるという現象のことである。
「ironically」は「皮肉なことに」という意味。「ironic(皮肉な)」は「iron(鉄)」から来ているのではないかと思った。
- attend to something(何かに注意を向ける、集中する)
- without being aware of it(それに気づくことなく)
traumatizing
Once a guy had a hole in his pocket, and that was rather traumatizing for me.
Apollo Robbins: The art of misdirection | TED Talk
以前ポケットに穴の開いた男性がいて、私はそれがかなりトラウマになりました。
「traumatize」は「(人)を傷つける、精神的外傷を与える」という意味で、その動名詞は「traumatizing」となる。発音が日本語の「トラウマ」と違っていて聞き取りにくかった。
squeeze
Squeeze your hand tight.
Apollo Robbins: The art of misdirection | TED Talk
手をギュッときつく握ってください。
「squeeze」は「握る、絞る」という意味で、「レモンを絞る」は「squeeze a lemon」となる。
- tight(きつく、しっかりと)
go ahead and ~
Go ahead and take it off.
Apollo Robbins: The art of misdirection | TED Talk
どうぞ、取ってください。
「go ahead」は「どうぞ」と訳されることが多く、「go ahead and ~」は「どうぞ、~してください」という許可を与えるようなイメージ。
- take off ~(~を脱ぐ、外す;離陸する)
That’s pretty good.
J: That’s pretty good.
Apollo Robbins: The art of misdirection | TED Talk
AR: Oh, thanks.
Joe:めっちゃすごいね。
AR:ありがとう。
こちらの記事によると、「pretty」はスラングとして「めっちゃ」というニュアンスで使われているとのこと。日常生活で「めっちゃ」を多用する自分としては覚えておきたい。
saving it for later
J: Yeah. I’m saving it for later.
Apollo Robbins: The art of misdirection | TED Talk
Joe:あとで食べようと思って。
「save」には「~をとっておく」という意味がある。「save money」も「貯金する」という意味だし、「save」自体に「後のためにとっておく」というニュアンスがある気がする。
union
Did you see it go? Yeah, funny. We’ve got a little guy. He’s union, works up there all day.
Apollo Robbins: The art of misdirection | TED Talk
無くなるところは見えましたか? 面白いでしょ。小柄な男がいるんです。彼は組合員で、一日中上で働いているんです。
日本語訳では「He’s union, works up there all day.」は「相棒が一日中 上にいるんです」となっていた。
最初は「union」が「Minion」に聞こえて、あの黄色くて小さいミニオンが上にいるのかと思ったけど違ったらしい。
「union」は「組合、連合、結合」という意味がある。なので「He’s union.」を訳すと「彼は組合員です」となりそうである。しかし、そうなると「He’s a union.」とすべきだと思うし、より丁寧にすると「He’s a member of a union.」とすべきではないかとも思う。
それだったら、「He’s a Minion」とした方が個人的には収まりが良く感じる。「a little guy」とも言っていることだし。
shape your reality
Attention is a powerful thing. Like I said, it shapes your reality.
Apollo Robbins: The art of misdirection | TED Talk
注意力は強力なものです。先ほども言ったように、それがあなたの現実を形作ります。
言葉としてカッコいい。自分が注意を向けたものだけが、自分にとっての現実となる。
- like I said, ~(先ほど言ったように)
まとめ
ここまで『注意をそらすテクニック』の要約、感想、気になった英語をまとめてきました。
「人間の注意力が、現実を形作る」というのは、彼のパフォーマンスを見ることで初めて納得のできる言葉だと思います。
講演の最後でロビンス氏が残した「もし誰かの注意力を自由に操れるとしたら、あなたは何をしますか?」という言葉も、空想ではなく現実的な話として一度考えてみるのもよさそうですね。