『観音経』は『般若心経』と並んで、昔から日本で親しまれてきたお経です。
全28章ある『法華経』の一部であり、本文(長行)と詩(偈文)の二部で構成されています。
この記事では、『観音経』の偈文の全文(ふりがな付き、縦書き)と、その意味をご紹介します。
観音経偈文 全文
『観音経』は、正式には「観世音菩薩普門品」と呼ばれています。
こちらが、観音経偈文(妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈)の全文です。
以下の観音経 偈文のふりがなは、松原泰道『観音経入門』を参考にしました。
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妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈 世尊妙相具 我今重問彼 仏子何因縁 名為観世音 具足妙相尊 偈答無尽意 汝聴観音行 善応諸方所 弘誓深如海 歴劫不思議 侍多千億仏 発大清浄願 我為汝略説 聞名及見身 心念不空過 能滅諸有苦 假使興害意 推落大火坑 念彼観音力 火坑変成池 或漂流巨海 竜魚諸鬼難 念彼観音力 波浪不能没 或在須弥峯 為人所推堕 念彼観音力 如日虚空住 或被悪人逐 堕落金剛山 念彼観音力 不能損一毛 或値怨賊繞 各執刀加害 念彼観音力 咸即起慈心 或遭王難苦 臨刑欲寿終 念彼観音力 刀尋段段壊 或囚禁枷鎖 手足被杻械 念彼観音力 釈然得解脱 呪詛諸毒薬 所欲害身者 念彼観音力 還着於本人 或遇悪羅刹 毒竜諸鬼等 念彼観音力 時悉不敢害 若悪獣囲遶 利牙爪可怖 念彼観音力 疾走無辺方 蚖蛇及蝮蠍 気毒煙火然 念彼観音力 尋声自回去 雲雷鼓掣電 降雹澍大雨 念彼観音力 応時得消散 衆生被困厄 無量苦逼身 観音妙智力 能救世間苦 具足神通力 広修智方便 十方諸国土 無刹不現身 種種諸悪趣 地獄鬼畜生 生老病死苦 以漸悉令滅 真観清浄観 広大智慧観 悲観及慈観 常願常瞻仰 無垢清浄光 慧日破諸闇 能伏災風火 普明照世間 悲体戒雷震 慈意妙大雲 澍甘露法雨 滅除煩悩焔 諍訟経官処 怖畏軍陣中 念彼観音力 衆怨悉退散 妙音観世音 梵音海潮音 勝彼世間音 是故須常念 念念勿生疑 観世音浄聖 於苦悩死厄 能為作依怙 具一切功徳 慈眼視衆生 福聚海無量 是故応頂礼 爾時持地菩薩 即従座起 前白仏言 世尊 若有衆生 聞是観世音菩薩品 自在之業 普門示現 神通力者 当知是人 功徳不少 仏説是普門品時 衆中八万四千衆生 皆発無等等 阿耨多羅三藐三菩提心 |
『観音経』の詳細を知りたい方は、松原泰道『観音経入門』もあわせてご参照ください。
観音経偈文 全文の意味(現代語訳)
観音経偈文の簡単な意味(現代語訳)です。
正確な内容や、経文に込められた意味については、下に記載した参考文献をご覧ください。
大変尊い姿(妙相)をされていたお釈迦様に私(無尽意菩薩)は重ねて尋ねた。
「あの菩薩(仏子)を、どうして観音様(観世音)とお呼びになるのですか?」
お釈迦様は、詩文(偈)で私にお答えになった。
「お前は、観世音菩薩がいつでも・どこでも人々の願いに応じる姿をよく聞きなさい。
菩薩の本願(弘誓)は、海よりも深く、限りなく長い時間をかけても想像すらできない。
無数の仏に仕えて、この清らかな願いを立てたのだ。
私は、お前に再び観世音菩薩のことを簡単に説明しよう」
観世音菩薩の名前を聞き、お姿を拝み、心に念じなさい。
そうして空しく過ごさなかったら、すべての苦から必ず解放される。
たとえ害意を持たれて火の中に落とされても、観音を念ずれば、火の坑は池に変わる。
或いは、大海に漂流して、波風が激しく荒れても、観音を念ずれば、波に溺れることもない。
或いは、高い山(須弥)の峰から落とされても、観音を念ずれば、太陽のように宙に浮かぶ。
或いは、悪人に追われて金剛山からつき落されても、観音を念ずれば、一切怪我もしない。
或いは、盗賊や山賊に囲まれて、刀で切りつけられても、観音を念ずれば、彼らにも慈悲の心が起こるだろう。
或いは、暴政によって死刑になろうとしても、観音を念ずれば、刀はにわかに折れる。
或いは、囚われて手かせ足かせの責め苦にあっても、観音を念ずるとき、この苦しみから解放される。
呪いや毒薬によって身が危機にさらされても、観音を念ずれば、かえってそれを行った本人が苦しむだろう。
或いは、羅刹や毒龍、鬼に出会っても、観音を念ずれば、危害を受けずに済む。
もし猛獣に取り囲まれて、牙や爪が恐ろしくても、観音を念ずれば、どこかに走り去っていく。
毒蛇やまむしに襲われて、火焔の毒気を吐かれても、観音を念ずれば、念仏の声と共に向きを変えて去っていく。
雷鳴がとどろき、雨あられが降っても、観音を念ずれば、ただちに鎮まるのである。
人々が困難や災いに遭い、苦悩に堪えかねても、観世音菩薩の智慧は必ず世間の苦しみから救うことができるのだ。
観世音菩薩は、神通力と広大な智慧の方便によって、どこにでも姿を現す。
様々な苦しみの世界、地獄界、餓鬼界、畜生界、さらに生老病死の苦しみも(観音を念ずれば)しだいに消えてゆく。
観世音菩薩は、真実を観て、清らかな心で、広大な智慧をもって、慈悲をもって、すべての人を観ている。
常に念じ、常に観世音菩薩を仰ぎ尊びなさい。
無垢で清らかな光をもつ智慧の太陽は、すべての苦悩の闇を破り、災いの風火を消して、広く世間を明るく照らす。
あわれみの姿である戒は雷のように、慈しみの心は美しい大雲のようであり、教えの雨を降らせて、煩悩の火を滅する。
法廷で言い争う怖れや、戦場で敵に恐れを抱いても、観音を念ずれば、敵の怨恨はことごとく無くなるだろう。観世音菩薩の妙なる声は、清浄であり、海の潮の満ち引きのようであり、世界のどんな音よりも勝っている。
ゆえに、常に念じなさい。
念ずるがよい。常に念ずるがよい。疑いを生じさせてはいけない。
観世音菩薩の清らかなお力は、様々な苦悩や死の際の寄る辺である。
すべての功徳を具え、慈悲の眼差しで人々を見守り、幸福の集まりは海のように無限である。
ゆえに、慎んで礼拝しなさい。
そのとき、地蔵菩薩(持地菩薩)は立ち上がって進み、お釈迦様にお礼を述べた。
「お釈迦様、もし人々が観音経の自在の働きと神通力を聞いたなら、知ることになるでしょう。
その功徳は計り知れないことを」と。
お釈迦様が観音経を説かれたとき、そこに集まった者は皆、この上ない悟りの心を起こしたのである。
参考文献
まとめ
今回は、観音経偈文 全文とその意味をご紹介しました。
『観音経入門』の著者であり、僧侶の松原泰道先生は、次のように仰っています。
観音経を通じていちばん大切なのは、観音さまにお会いして、自分がいま、何をしなければならないかという教えを読みとることです。
松原泰道『観音経入門』P.50
『般若心経』が「智慧」を説くお経だとすれば、『観音経』は「慈悲」を重んじるお経です。
人生でつらいとき、苦しいときは、少しの時間で良いので、目の前の「やるべきこと」から離れて、観音様にお会いしてみてください
そして「南無観世音菩薩」と、一心に唱えてみてください。
観音様の慈悲に満ちた微笑みが、私たちの沈んだ心を軽くしてくれるでしょう。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
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